~家族 芸能 スピリチュアル 北九州 写真~ by くわ。
[ No Comments ] Posted on 2008-11-04 under 家族, 昔の北九州・若松写真館
北九州市若松区浜町にある恵比須神社の写真です。
海上安全、商売繁盛、家内安全の神様“おえべっさん”が祀られています。
七五三ではお世話になりました。
3歳時の記憶もはっきり残っているのですが(どんなおもちゃを買ってもらったかまで覚えてます)、なぜか3歳まで一緒に暮らしていたはずの実の母の顔がどうしても思い出せないのです・・・。
鳥居の右上に若戸大橋が写ってます(1枚目の写真)。

※写真をクリックすると拡大表示されます。
※撮影日は1995年1月3日です。

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※撮影日は1995年1月3日です。
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[ No Comments ] Posted on 2008-10-29 under 昔の北九州・若松写真館
北九州市小倉北区朝日ヶ丘にある祖父母(継母方)の家から見た夜の皿倉山です。
カメラを窓枠に押しつけて固定し、シャッタースピードを5秒程度にして撮影したと思います。確か。
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[ No Comments ] Posted on 2008-09-12 under 未分類
だいぶ昔に取得した小型船舶操縦免許(二級、5トン)ですが、たった一度しか使ってません。
ペーパードライバーです。
子供時代の僕の夢は、「海上に浮かぶ島々を手作りの船で巡りたい!」でした。
そうです、、、自宅(北九州市若松区)の窓から見えていた響灘の島々です。
そして大人になり、
「さすがに船は(自分一人じゃ)手作りできないな」
「ボートを買うお金もない」
「とりあえず船舶免許だけでも取っておこうか」
というわけで取得したんです。
いつかこの免許が大活躍する日が来るといいのですが・・・。
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[ 2 Comments ] Posted on 2008-08-12 under 家族
『北九州からの手紙』からの続きです。
エントリー「北九州からの手紙」で、僕がいつも想い続けていたある人物のお姉さんから届いた突然の手紙のことを書きました。
その「ある人物」とは誰なのか、当初、ブログに書くつもりはありませんでした。
が・・・、意を決して書くことにします。
自分の気持ちを整理するために。
僕がいつも想い続けていたある人物、それは僕の実の母のことだったんです。
僕が3歳になった時に両親が離婚し、その後実の母には1度も会ってません。
顔も声も覚えてません。
どこに住んでるのかさえ知りませんでした。
幼い頃の僕は、祖父が父親代わり、曾祖母が母親代わりだったからです。
※当時父は船乗り(外国航路の船員)だったので、家には滅多に帰ってこなかった。
それに、父や継母からは(未だに)何も聞かされていないのです。
なので、二十歳過ぎのある日まで、ずっと僕は継母を実の母だと思って過ごしてきたのです。
しかし、継母の子(僕の妹と弟)に対する愛情と同じものを継母から感じることは一度もありませんでした。
「なんで妹や弟ばかり可愛がるんだろう・・・」
「辛いとき、一度でいいから、お母さんにギュッと抱きしめてもらいたかった・・・」
子供時代の僕はいつもそう感じてました。
そして時は流れ(一時荒れていた時期があったものの)、僕は立派(?)な大人になりました。
某年某日、川崎市内の某コンピューターメーカーに就職していた僕は、長期の夏休みを取って久々の里帰り(福岡県北九州市若松区)をしました。
若松のみんなは僕を温かく迎えてくれました。
《 近所のおばちゃん 》
「あら~、あんた帰ってきたんね!」
「元気にしよった?」
:
「ペチャクチャペチャクチャ・・・」
:
話は尽きません。
しばらく話していると、、、
《 近所のおばちゃん 》
「お母さんは元気にしよる?」
《 僕 》
「うん、元気やけど?」
《 近所のおばちゃん 》
「名前は○○子(漢字3文字)やったかいね~?」
《 僕 》
「えっ!?お母さんの名前は○子(漢字2文字)やけど?」
《 近所のおばちゃん 》
「いや、新しいお母さんやのぉてあんたのホントのお母さん・・・」
《 僕 》
「えええっ!???」
僕は、このとき初めて実の母の存在を知りました。
続きは後日。
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[ No Comments ] Posted on 2008-07-27 under 心霊・超常現象
エントリー「障りの原因は?」と
エントリー「Sさんはなぜ霊能者になったのか」からの続きです。
ついに昨日(7月26日)、Sさんに除霊と厄払いをやってもらいました!
もう少し詳しく言うと、チャネリング、降霊、浄霊、除霊、厄払い、+αです。
場所は千葉県船橋市(僕の現在の実家)。
千葉県は、かつて僕の両親とともに僕・妹・弟が北九州市(福岡県)から移住してきた地です。
偶然にもSさんは僕の実家のすぐ近く(同じ船橋市内)に住んでます。
出席者は、
Sさん(佐賀県東松浦郡出身、船橋市在住の霊能者。僕の大学時代からの友人)
僕の実父(死後の世界とか霊能者の存在をまったく信じない)
継母(父ほどではないがあまり信じていない)
嫁(ある程度信じている)
そして僕です。
本題に入る前に改めて言っておきますが、世の中には死後の世界とか霊能者云々といった話を全く信じられない人種が存在することを僕は知っています(僕の父がその典型)。
そして、そういう人たちには何を言っても無駄だってこともよ~く知っています。
なので、このエントリーではそういったことを理解できる人たちへのメッセージ兼僕自身の記録として、嘘偽りなく、正直に書かせてもらいます。
Sさんが本物の霊能者である理由はブログ内で散々述べてきました。
僕の中ではSさんに対する信用は限りなく100%に近かったわけですが、昨日、実際に彼女の霊能力を目の当たりにして、その思いが「確信」から「揺るぎない真理」へと変わりました。
Sさんのチャネリングの方法は、宙を見つめながら独り言のようにブツブツ言います(Sさん自身の質問と霊の言葉を交互に喋ってるらしい)。
その後で霊からのメッセージをわかりやすい言葉で僕らに伝えてくれるのです。
今回の場合、僕の祖父が障りの原因でしたので、Sさんは僕の祖父に対してチャネリングを行ってくれたわけです。
例えば僕の母が祖父に対して(Sさん経由で)何らかの質問をすると、Sさんの口を通して、祖父が知っていることなら何でも、しかも明確に答えてくれます。
Sさんが知る由もない、母と祖父しか知らない個人名とかもポンポン飛び出します。
母は「ええっ!?何でそんなことまで分かるの!??」と絶叫。
そして「霊能者って本当に居るのねぇ!」とも。
はっきり言って、驚きを通り越して腰を抜かす思いでした。
すると父から水を差す言葉が。
「ワシは死後の世界や霊の存在などは一切信じていない」
「そういった情報はどこかで調べてきたんじゃないのか?」と。
父の態度にはがっかりです。
今回Sさんは僕の友人として、ボランティアで来てくれたわけです。
当然ながら金銭の授受は一切ありません。
しかも手土産(地元の生菓子)まで持ってきてくれたSさんに失礼ではないでしょうか?
それに、母と祖父しか知らない個人名をSさんがどうやって調べられたと言うのでしょうか?
まったくもって父の言動は理解できません。
そうです。。。
先に述べたように、僕の父は「信じることができない人種」なのです。
何を言っても無駄です。
今後、僕は父に何も言わないことにします。
父が信じようが信じまいが構いません。
真実はねじ曲げようがないからです。
Sさんが父に「今、おじいさんから聞いたんですが、あなたは○○さんですね?(○○は父の名)」と言ったときも顔色一つ変えず「ええ」と言っただけです。
おそらく父は、僕が予めSさんに父の名を教えたとでも思っているのでしょう。
今回の障りの原因(亡き祖父の怒り)の大部分が、そんな父の言動や態度に向けられているというのに・・・。
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[ No Comments ] Posted on 2008-07-07 under 家族
つい先日のことです。
いつものように自宅の郵便受けを覗くと一通の手紙が入ってました。
「誰からだろう?」と思い、差出人の住所を見ると北九州市で始まっている。
他のエントリーに何度か書きましたが、北九州は僕の生まれ故郷です。
「親戚からかな?」と思いながら、住所の続きを見る。
“北九州市小倉北区篠崎・・・”
「ふむふむ・・・」
篠崎にも親戚が居ます。
次に差出人名を見る。
“○○○○子”
「え?誰だろう?」
そこには心当たりのない氏名が書かれていました。
「もしや・・・」
はやる気持ちを抑えつつ封を開け、貪りつくように目を通しました。
「やはり・・・」
僕がいつも想い続けていたある人物のお姉さんからの手紙でした。
一通り読み終えると、両腕がガクガク震えてました。
そこには僕の出生に関する秘密が書かれてました。
それ以上のことは・・・ここには書きません。
勘のいい人なら大体察しがつくでしょう。
今年の夏は久しぶりに(結婚後初めて)北九州に帰ることになりそうです。
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[ No Comments ] Posted on 2008-06-13 under 昔の北九州・若松写真館
アルバムをごそごそ探していたら、古~い写真が見つかりました。
写真のすぐ下には「小石巡査駐在所増築記念 S30.9.15」と書いてあります。
募金委員長として、若かりし祖父も写ってます。
中段にお巡りさんが3人並んでいますが、真ん中のお巡りさんの向かってすぐ左側が祖父です。
そして、最前列向かって左から2番目の貫禄ある方が小石幼稚園園長の堤さんで、
祖父とは大親友だったそうです。
まだ若松が「北九州市若松区」になる前の、「若松市」だった頃の写真です。
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